SHIMADANOMEシマダノメ
シマダノメ Season6
第7回 深掘りインタビュー
矢田旭 選手
『シマダノメ 深堀りインタビュー』のSeason6第7回目に登場するのは、増本浩平監督から「非常に高い技術とアイディアを持つスペシャルな選手」と評される矢田旭選手です。昨季J3からJ2への昇格を果たした愛媛FCから移籍加入してきた今季をどのような思いで過ごしてきたのか、また個人的なチャレンジの話、さらに矢田選手独自のプレースタイルについて深掘りしてきました(取材日/11月14日)。
―去年の愛媛FCと比較すれば「若手選手が多い」と言えるギラヴァンツ北九州への加入。所属するチームの年齢構成が変わる中で矢田選手は自身の立ち振る舞いを変える必要がありましたか?
もともと、良くも悪くも自分は声を出して周りを引っ張っていくタイプではなく、「プレーで示せばいい」と考える方だったので、立ち振る舞いが劇的に変わった、変えた、ということはありません。チーム始動後まもなくしてマスさん(増本浩平監督)から「ベテランだからチームを引っ張らなくちゃ、と考える必要はない。自分のプレーに集中してくれたらいいよ。プレーを見せることで若手選手を自然と引っ張ることになる」と声を掛けてもらいましたし、昨季までと変わらないスタンスでいました。
―来る前に持っていたギラヴァンツ北九州の印象と実際に所属してみて感じたことは?
昨季、自分は愛媛のメンバーとしてJ3リーグで優勝することができました。そして今季新たに所属することになったチームが昨季の最下位。そこに大きな差はありますが、昨季ギラヴァンツ北九州と対戦した時に感じたイメージは順位とは異なる内容のサッカーをするチームというものでした。だから今季は良いシーズンになるだろう、また自分がそこに貢献できるだろうと思っての加入でした。実際に今季のプレシーズンでのトレーニングマッチではどのチームとやっても良い戦いができていたので、かなり良いシーズンになるだろうと予想していました。
―優勝チームから最下位チームへの移籍に戸惑いはありませんでしたか?
まったくありません。実際に愛媛との契約が満了となった身分ですから、プレーするチャンスを与えてもらった、拾ってもらったことが本当にありがたかったので、それをプレーで返すだけだと思いました。
―今季のここまでのご自身のパフォーマンスをどう評価していますか?
全然、納得がいっていません。先ほど話したようにプレシーズンではチームとしても個人としてもかなりの手ごたえを感じていました。そういう良い雰囲気の中で臨んだSC相模原との開幕戦、先発出場を果たしたものの40分でケガをして交代となりました。そのケガの程度もまあまあひどくて復帰までに時間がかかりました。もともとケガが少なく、特に筋肉系のケガはほとんどなく、6週間の離脱はこれまでのプロ生活の中で最長のものとなりました。今まで1カ月も休んだことがなかったので、そこのリハビリと復帰に向けた調整のところが難しく、一度は復帰したのですが、別の個所ではありますが、また筋肉系のケガをして再度離脱することになりました。
―開幕戦でケガ、第10節のカマタマーレ讃岐戦で復帰。第12節のY.S.C.C.横浜戦まで4試合でプレーして再び負傷による戦線離脱。第16節のテゲバジャーロ宮崎戦での途中出場で再度復帰を果たしました。
2度目の負傷で休んでいる間に、チームは13戦無敗の好調をスタートさせていました。その前あたりからチームとして特に攻撃のところでプレシーズンで手ごたえを感じていたものとは異なる新たな形にトライしはじめていました。自分が復帰したあとチームとしてのボールの動かし方は変わっていて、プレシーズンの時のように僕の所になかなかボールが入ってこない状況でした。そういうチームの新しいスタイルに僕自身がどうアジャストするべきなのか、とても難しい作業になりました。
―チームの新たな形についてもう少し詳しく聞かせていただけますか?
プレシーズンの時は僕が間でボールを受けて展開していく攻撃が多かったのですが、縦パスで背後を狙う頻度も高くなっていましたし、球際の強度の部分をチームとして強く意識するようにもなっていました。もちろんそのスタイルでチームとしての結果が出ていたので、すごく良い変化だったことは間違いありません。ですが、個人的にはその新しいスタイルに自身を融合させることがなかなかできなかったというのが現実でした。
―増本監督も「矢田選手が持っているスペシャリティーをチームとしてうまく生かせてあげられなかった。だから矢田選手自身にとっては今季は本当に難しいシーズンになっただろう」と話していました。チーム戦術にアジャストする難しさという点から話をつなげると、矢田選手ようにファンタジスタ(※高い技術力と優れた創造性で見る者を魅了する攻撃的な選手)にカテゴライズできる選手がチームの中で生きる難しさは、近代サッカーにおいて議論となる一つのテーマです。スピードと強度、切り替えの速さなど、めまぐるしく局面が変わるサッカーにおいては、創造的なプレーを発揮する時間的あるいは空間的な余裕がない状況になりました。その中で矢田選手は。このギラヴァンツ北九州だけではなくほかのチームにおいても、どう生き抜いてきたのでしょうか?
自分のことをファンタジスタとは思っていませんが(笑)、アイディアの部分は自分の強みであると自覚していて、思い通りにボールをコントロールする技術やスルーパスを出す感覚には自信を持っています。だから技術よりもアスリート能力が求められる今の時代になって確かに自分のような選手が生き残っていく難しさは感じています。でも逆に”違い”を見せられるとも思っています。時代の流れで僕のような選手が少ない状況で進むサッカーの世界で、それでも効果的なスルーパスを出せれば、その選手の希少価値が高まるんじゃないかと思って、僕自身はトライし続けています。かといって、いまのスタイルで必要なことも最低限できないと、もちろん試合に出ることができないことも十分に理解しています。大まかに言えば、時代に沿って生きていく必要はある。でもその中で自分にしか出せないプラスアルファを出そうと努めているつもりです。
―時代に沿う必要性という話をしていだきましたが、増本監督が「アサヒのフィジカル面は今季アップしている」と聞きました。また、居残り練習で矢田選手のようなタイプの選手がクロスに頭で合わせる練習をするようなイメージがありませんが、そこに時間を割いている。今聞いた「時代に沿う努力」とはそういうことなのでしょうか?
フィジカルに関しては、ここ数年、チームからも求められていたし、自分に足りないものだとの自覚がありました。そういう中で今年はチームとしてもしっかりと筋トレの時間を設けているし、その成果かどうかは分かりませんが、愛媛にいた時はスプリントのデータ項目にある時速は30キロを越える事が年に数回しかありませんでしたが、今年は30キロを余裕で越えるようになりました。そこは自分でも驚く成果ですね。
―得点への意欲について。華麗なゴールではなくても、頭から突っ込んでいく泥臭いゴールでも取りたいという気持ちも、ここにきての変化なのでしょうか?
いや、プロに入ってからはどんな形でもいいからゴールしたいという気持ちで努力してきました。ただ今季は取れていないので、まだまだ努力が足りないということでしょう。
―愛媛ではボランチでのプレー機会が多かったようですが、今季開幕前に話を聞いた時には「トップ下にこだわりたい」とおっしゃっていました。
育成年代の時から、またプロになってからもサイドハーフやトップ下でプレーしてきました。プロになってからはトップ下を置くチームがなかったので、サイドハーフ、あるいは[4-3-3]システムのインテリオール(インサイドハーフ)でのプレーが多かったのですが、愛媛での2年間はボランチがメインポジションになりました。もちろんそれまでにもボランチでのプレー経験はありましたが、シーズンを通してボランチを通してやるのは愛媛が初めて。もともと自分のことは攻撃的な選手だと思っているし、ボランチよりはもう一つ前のポジションの方が強みは出せると思っていた。ボランチは守備の比重も高くなるし、実際にプレーしていて楽しく感じるのは前のポジション。だから、今季[4-2-3-1]の配置がメインとなるギラヴァンツ北九州に加入したので「トップ下でのプレーをしたいです」とマスさんに話しました。
―ボランチでも配球の部分で十分に楽しめるのでは?
確かに自分の配球でゲームをコントロールできた時はめちゃくちゃ楽しい。ビルドアップに関してはボランチとしても十分に貢献できるのですが、ボランチは時間的空間的にもある程度の余裕があるところでプレーすることができます。でも、僕は相手の警戒感がぐっと高まるバイタルエリアでボールを受けて、うまくターンをして前進して決定的なスルーパスを出すことに快感、楽しさを感じる。それこそが自分の強みだとも思っています。
―少し話は変わりますが、2016年から3シーズン、ギラヴァンツ北九州に在籍した花井聖選手は、矢田選手と同じ名古屋グランパスのアカデミー出身であり、高い技術とアイディアで勝負するというスタイルでも共通する選手です。
ショウ君(花井選手)は名古屋ユースの2歳上の先輩です。初めて見た時は衝撃でしたね。今でも名古屋ユースの最高傑作だと言われるし、僕自身もそう思っています。ボールタッチは異次元で、あり得ないボールコントロールを見せる。だからショウ君がトップチームに上がって活躍するのに苦労しているのを見た時、その高い能力を知っている僕らはプロの厳しさを余計に強く感じたし、自分がもしプロに上がっても活躍できないんじゃないかと不安になったほどでした。
―配球役の視点からアタッカー陣、特に永井龍選手、高昇辰選手、最近好調の渡邉颯太選手をどう見ていますか?
リョウは動き出しがすごくうまいし、動きが大きいからパスを出すタイミングを測りやすい。だから迷いなく出せる。今までやってきた中でいないくらい、出し手にとって分かりすい動き出しができる選手です。スンジンは、フィジカル能力がすごく高いので、スルーパスやクロスが多少アバウトでも合わせてくれる。いわてグルージャ盛岡戦(第30節)でヘディングゴールをアシストしたパスもスンジンが届く範囲でボールを落とせば触ってくれると思いながらのショートクロスでした。そういう意味ではリョウとは違うけれど、パスを出しやすい選手です。ソウタはその3人の中でも「ザ・ストライカー」というイメージで見ています。ゴールにこだわっているし、どん欲。一緒にプレーしていても決めてくれそうな雰囲気をいつでも感じさせる選手です。毎試合、チャンスはつくるし、個人的には“大化け”するんじゃないかと思っています。
―矢田選手以外に、工藤孝太選手、前田絋基選手、喜山選手、若谷拓海選手と左利きの選手が多い。どうしても左利きの選手は特別な目で見てしまうのですが、矢田選手はどうですか?
右利きの人が見ると左利きは特別な存在に映るようですが、同じ左利きなので特別な目で見ることはありません。逆に右利きの選手に特別な感じを持つこともない(笑)。ただ、ここにいる選手以外でも左利きの選手を見ていて感性が豊かだなと思うことはあります。
―レフティーのうちタイプとしては若谷選手が矢田選手に近いですよね?
そうですね。攻撃の部分でのイメージが合うので、一緒にプレーしていてもやりやすさを感じます。
―牛之濱拓選手との連係プレーも見ていて心地良いですね。
タクは誰にでも合わせられる、誰からも生かされるという能力があります。周りの選手にストレスなくプレーさせられる選手ですね。タクのことを「やりにくい選手だな」と感じる選手なんていないんじゃないですかね。
―増本監督は、これまで一緒に戦ってきた監督の中では一番年齢が近い指揮官ですよね?
そうですね。年齢は近いし、実際に距離感も近く、話しやすい兄貴分といった感じ。でも、監督と選手としての距離を取らなくては行けない時にはしっかり取って厳しいことも言える。さっきも話したギラヴァンツ北九州の「良い雰囲気」というのもマスさんという存在が大きい。素晴らしい監督だと思います。
―今季のチームの戦いぶりをどう見ますか?
難しい時期、良い時期もありながらシーズンが進んでいったと思いますが、順調に成長したなと感じます。実際にシーズン終盤になってもプレーオフ出場をかけて戦ったわけですからね。
―去年の愛媛と今季のギラヴァンツ北九州、雰囲気的な部分で似ているところはありましたか?
愛媛はシーズンを通して苦しんだ時期がほとんどなかったので、当然、雰囲気は良かったんですね。でもギラヴァンツ北九州も最後に苦しんだ時期はありましたが、シーズンを通して見ればかなり良い雰囲気の中で戦えたと思います。上のコウヘイ君(喜山康平選手)から始まり下の選手まで、本当に良い関係性にありました。雰囲気の良さは今季のギラヴァンツ北九州の成績にもつながったと感じます。
文・島田徹 写真・筒井剛史
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