SHIMADANOMEシマダノメ
シマダノメ Season3
第7回 深掘りインタビュー
小林伸二 監督兼スポーツダイレクター(前編)
『シマダノメ 深掘りインタビュー』のSeason3第7回目、2021年の最後の回は19年から3シーズンにわたりチームを指揮してきた小林伸二監督の登場。前編と後編の2回にわたりお届けします。前編は苦闘の21シーズンで手にした「学び」を明らかにすることで今後のチームとクラブ強化へつなげたいとの思いが表れるインタビューとなっています。(取材日/12月16日)。
まず、シーズン通して影響が出ることになった、21シーズンの選手編成について。19、20シーズンの躍進を支えた主軸の多くがチームを離れ、それに合わせて多くの新戦力を獲得、大幅な戦力の入れ替えがある中でシーズンをスタートさせることになりました。
まず新戦力に関して。経験やプレーしていたカテゴリーの面からすると昨季までいた選手よりもレベルアップできたと思いました。ですが、実際に彼らがチームの軸になって、20年までにピッチで表現していたサッカーをやろうとした時にギャップが出てきたんですよね。
改めてお聞きします。新戦力獲得のポイントは?
20シーズンの天皇杯でJ1チームの効率的でありながら強度が伴うプレッシャーの中でなかなかボールが握れない状況を見て、うまい選手がハードワークするサッカーでなければ、われわれは上のステージには行けないということを感じました。ただうまいだけではボールを保持できないし、もちろんただハードワークするだけもダメで、その両方ができる選手でチームをつくらないと、J1昇格とその後の戦いは厳しいものになるだろう、と。だから、うまい選手を走れるように、戦えるように鍛えて行こうという考えのもとで選手を集めました。
でも、狙いと現実にギャップが生まれた。
大幅な選手の入れ替えはつまり、一からチームをつくるということで、結論から言うと、時間が足りなかった、ということ。私はこれまで約20シーズンを監督として働いてきましたが、選手の入れ替わりというものは多少あるのは当然ですが、主軸選手がごっそりと入れ替わり、チームを形づくる人的ベースがない中でチームづくりを進めるのは経験したことがありませんでした。そういう状況下でのチームづくりの難しさは頭の中で理解はしていても、実際に仕事を進める中で、それがいかに時間のかかるものなのかを学びました。
時間が足りなかったのは、指導するべき項目が多かったからですか?
それもあるのですが、コロナ禍の影響は大きかった。それは選手間のコミュニケーションという意味で。もちろん練習時にそれぞれが話をする機会はありますが、一緒にご飯を食べながら、またお互いの家を行き来しながら会話をしてお互いの考えを理解しながらつくりだす「つながり」というのは、実はピッチ上での個がグループに、グループがチームとしてつながっていく上でとても大切なものだと思っています。そこのコミュニケーションが不足しているので、個の成長をグループの成長に、そこからチームの成長につなげていくのに通常よりも長い時間が必要になった、ということです。
新しい選手をギラヴァンツ北九州のスタイルに合わせるのに時間がかかる上に、コロナ禍でグループとチームが成熟する上で欠かせないコミュニケーション不足も加わった。
むかし、新しい選手がチームになじむのにどれくらいの時間を要するのかを過去の経験と実績からレポートにまとめたことがあります。その時に書いたのが代表クラスの選手で3カ月から6カ月。大学卒のトップクラスの新人が1年から2年かかるということ。それはコロナ禍ではない普通の状態の時ですからね。コミュニケーションが取りづらいコロナ禍で、またウチのサッカーは特徴的なスタイルでもあるわけで、そこにいきなり飛び込んできた新しい選手たちは相当に戸惑っただろうし、どうしても馴染むのに時間がかかりましたよね。
では、多くの主軸を引き抜かれた事実に関して。
まず、J3からプレーしてきた選手にJ1クラブからオファーがあれば私としては「頑張ってこい」と言うことになりますよね。もちろん北九州に残ってほしいから精いっぱいの金額を提示しましたけど、J1のクラブが提示した金額とはどうしても差が出てくる。クラブの施設にも差がある。それなのに情に訴えてもね…、選手がかわいそうです。最終的には選手が自分の判断で決めるわけで、それはある意味当然のことですからね。
もちろん、出て行った選手たちはお金だけで決断したわけではないでしょうし。
例えば川上竜(現・SC相模原)は最後まで悩んでいました。僕としては残ってほしいけれど、新しい選手をたくさん獲得する中で、監督としては「出番を約束する」とは言えない。川上も含めて試合に出ることで大きく成長してきた選手にしたら、やっぱり試合に出て自分を磨きたいわけで、出場機会を求めて他クラブに行く、という決断も出てきていいわけですし、それはこちらも認めます。もし彼がベテランだったら「我慢する時間があるかもしれないけど残れよ」と言ったと思いますけど、川上はまだ年齢的にも若いし、それは言えなかった。でも、相模原に行ってレギュラーとして、またゲームキャプテンとしてプレーしてまた一つ成長したんだから、彼の決断は正解だったということですよ。
ギラヴァンツ北九州のスタイルに新加入選手が馴染むのに時間がかかったということですが、特にハイプレスの実践で、かなり苦労していたように見えました。
開幕前の島原キャンプ中に映像で20年の試合を見せながら選手の表情をうかがい、またその後の練習の様子を見ていても、「思った以上に理解が早いな」と感じました。実際に沖縄キャンプでの、例えば川崎フロンターレとのトレーニングマッチでもかなり良いサッカーをすることができたので、自信を持って開幕を迎えたんです。そうしたら新潟戦(1-4)と水戸戦(1-2)で連敗。切り替えのところがどうしても遅かった。
20年の躍進の要因ともなったハイプレスを今年は相手に警戒、研究された影響は?
それはあります。去年、相手はウチのハイプレスがどれくらいの強度でどれくらいのスピードがあるのか実際に分からない状態で戦って、慌てた部分はあったと思います。だから効果もあった。今年は相手が十分に理解しているから、ハイプレスに来るなら前に長いボールを蹴って逃げよう、と考えるようになる。そうなると、ウチとしてはハイプレスそのものに工夫が必要になるし、蹴られた時の対応も考えなくてはいけない状況になる。戦術としてはより複雑なモノになるわけで、そこの刷り込みが十分にできなかったということです。
選手が大幅に変わる中で、ベースの戦術を浸透させるのに時間がかかる上に、そこから複雑化、多様化させるのにはさらに時間がかかる。
去年は終盤の磐田戦で遠藤保仁選手にマンマークをつけるなど、それまでのやり方を変えながら2-0で勝ち、また最終節の千葉戦は1-2で負けましたが、3バックにして十分に戦えるところを見せて、チームとしての戦術的な幅が広がったと喜んでいたのですが、選手が入れ替わると、またベースからつくりなおさなくてはいけない状況になったので、難しいところはありましたね。それでも19年と20年で見せたアグレッシブなサッカーを北九州のサポーターの皆さんには喜んでもらったので、そのスタイル自体は変えたくありませんでした。そのスタイルを追求した上で負けるのと、やり方を変えて負けるのとどちらが良いか、もちろん勝ちを目指して戦うんですけど、やっぱり前者の方が皆さんには納得してもらえるだろうと考えたんです。
それでも、第3節・金沢戦(1-1)から第7節の甲府戦(1-1)までの5試合は1勝4分けの負けなしで進めることができました。
その頃は、ハイプレスがメインの守備ではなく、どちらかというとセットしての粘り強い守備で何とか勝点を手にしていた状態。既存の選手たちは、本当は前から圧力を掛けていきたいんだけど、チームとしてそれがうまくできないから何とか我慢して、という感じで、私たちとしてもハイプレスをメインとする従来のスタイルに徐々に戻して行きたいという考えでトレーニングに取り組ませるんだけど、なかなかうまくいかない。
それで東京オリンピック期間中の島原キャンプで中盤での守備と自陣でセットした守備を強く意識するようになっていく、と。
そうですね、再開初戦の第24節・琉球戦は落としましたが(1-2)、第25節・愛媛戦(2-2)から第30節・秋田戦(1-1)までの6試合を負けなし(2勝4分け)と、何とか持ち直した。でも、9月の終わりから10月にかけて、また6戦未勝利、そこでダッシュをかけられなかったのが痛かった。
再開後の持ち直しをさらなるジャンプにつなげられなかった理由は?
戦術の刷り込みが足らなかったこととフィジカルを上げきれなかったこと。あとは、ホームでの第32節・群馬戦、第34節・東京V戦で終盤に失点(ともに2-2)、勝点3を取りこぼしたことも大きかったと思います。
やはり大事なゲームで勝利を挙げられなかったことはチーム全体としてのメンタル面で見ても影響は大きかった。
苦しい状況のチームをどう持って行くかというところの難しさは感じました。今年のキャプテンは、加入2年目だけれどもプレーも、またメンタル的にも安定していた村松航太を指名して、そこにベテランの岡村和哉と村松よりも若い髙橋大悟を副キャプテンに置いてサポートする形にしたのですが、なかなか勝てない状況で村松には相当な負担をかけてしまいました。チームのことばかりを考えるようになって村松自身のパフォーマンスが落ちていった。岡村も試合に出られない時期があって、引っ張るという意味では難しい時期があって、でも本当に苦しい時は頼れる存在にはなってくれたんですけど……。
今のお話しに関係してくるかもしれませんが、チーム編成の中での選手の年齢構成についてはどう感じましたか?
村松より少し上、岡村よりも少し下の中堅というか年齢的な意味での中間層の選手がいなかったことは、コロナ禍でのコミュニケーション不足を考えると、失敗したなとは思います。夏に福森健太が戻ってきたので村松もすごく楽になったとは思うんですけどね。でもね、若いんだけど何とかチームを引っ張ろうとしてくれた選手もいたんでね、そこはうれしかったし、頼もしく思えたので、そういう選手は来年期待できますよ。
シーズン途中でメンタルトレーナーを呼んで選手と定期的に面談していました。
そのトレーナーの方に「選手間のコミュニケーションが十分ではないようです」と言われました。それは先ほど言ったコロナ禍の影響が大きいんでしょうけど、村松や岡村、髙橋らチームを引っ張ろうとしてくれたキャプテン、副キャプテンが、それぞれの役割を果たす上で難しいシーズンになったということですし、そこは本当に苦労を掛けたなと思っています。そこも含めて、いろいろと自信を持って判断したつもりでしたが、少し私に冷静さが足りなかったのかな、とも思います。21年はJ1昇格を打ち出していたし、19年、20年で生まれた勢いを何とか生かしたという思いで、勢いに頼り過ぎた感はあるかもしれません。
チームスタイルであるアグレッシブなサッカーを表現する上で、今年改めて学んだことはありますか?
攻守の切り替えを選手に植え付ける、浸透させることの重要性と難しさですね。もちろん練習で意識させて、試合で表現することはできるのですが、習慣化できていないので、90分通してできない、あるいは2試合目ではできない、という状況でした。
切り替えがうまくできないのは、意識の問題ですか、それともフィジカルの問題ですか?
両方です。しかも習慣性が必要。頭で分かっていても体が動かない。僕もマツダでプレーしている時にハンス・オフトさんが監督としてやってきて切り替えのことは随分と言われましたが、それが安定してできるようになるまでに1年はかかりましたから。特に攻撃的なサッカーをするには、切り替えがものすごく大事。一瞬一秒のところで切り替えて動けるか。それは頭と体の連動なんです。その連動はボールトレーニングによって地道に積み上げていくべきものなんです。
その習慣性をつくりあげるには1年くらいは必要だと?
もちろん個人差はあると思います。もっと早く習慣化できる選手もいるだろうし、もっとかかる選手もいる。まず、個人の走力などフィジカルに差があるので、自分に適した動作がどういうもので、それを効率的かつ効果的なものとして表現するためにどうしたらよいかを個々が、やりながら把握していく必要があるので、どうしても時間が必要になります。例えば攻撃から守備へ切り替える時に十分な距離を走って戻れる選手と、それができない選手に対して同様に「素早い切り替え」を求めた場合、攻撃時のポジショニングからして異なるはずですからね。
新戦力獲得の際には、その攻守の切り替えが習慣化できているかも把握する必要があった?
すでにできている選手であればもちろんベストですが、残念ながらウチはクラブ規模としてそういう選手はなかなか選べない状況にありますから、そこは「鍛えていく」という考えでした。でも鍛えれば伸びるだけの走力というかフィジカル能力があるかどうかは把握しておくべきでした。ウチに来てくれた選手は試合に出たいから来ているのでモチベーションは高いし、やる気はある。でも、身体は正直なので、いままで鍛えられていない部分で頑張ろうとした結果、ケガをしてしまう、そういう流れになってしまいました。
開幕前に新戦力の何人かがケガにより別メニューとなっていました。それでトレーニング強度を落とさざるを得ない状況になったのでしょうか?
これくらいは大丈夫だろうとは思いながら、フィジカル・コーチやトレーナーなどのメディカルスタッフからの情報を聞くと、落とす、あるいはやり方を変えざるを得ないのかなという判断になりました。問答無用に高い強度のトレーニングをすればよかったのかもしれませんが、やはり個々の選手の状態を考えながらやった方がいいだろうという判断になりました。
シーズン中にもケガ人が絶えませんでした。
特に新しい選手はゲームとトレーニングというサイクルを1シーズン通してやってこなかった選手たちなので、負荷がかかって試合でケガをするというパターンが多かった。去年あたりは練習の強度が高いので、練習でケガをすることがあっても、試合でケガすることはほとんどありませんでした。
本当は選手を獲得する時は、前のチームでどんな練習をしていたかを把握して決断するべきだった?
去年12月の終わりになって主軸の多くがチームを出て行くことが分かって、そこから急きょ選手を集めなければいけない状況だったので、そこまで詳しい情報を集めることができなかったのは確かです。
うまい選手をハードワークもできる選手にしようと考えていたのにハードワークできるフィジカルベースが十分ではなかった、と。
あらためて、フィジカルのベースがちゃんとあることの大切さを学びましたよね。大分で初めて監督を務めた時は、その重要性を理解していて、フィジカルメインで選手を選考して当時の社長に「ほとんど名の知れていない選手だけど大丈夫なのか」と言われるくらい。でも開幕から調子よくスタートしたことがあるんですけど、そういうところ、私が少し忘れてしまっていたのでしょう。
19年の選手のフィジカルは強かったように思います。
19年はJ3を戦うということで、そこで行われているサッカーを考えると、どちらかというとフィジカル先行で選手を構成しました。そして去年はJ2を戦うということで「うまい=やわらかい選手」中心の構成に変えた。今年はJ1を戦うことを視野に入れて、その舞台で戦うには、やわらかいけどフィジカルという針金が通っている選手が必要だということで取り組んだけれども、針金を通すには時間を要するということを学んだ。でも、「やわらかさの中に針金」の考えは間違っていないと思うので、そこは来年、天野賢一新監督が継続してやってくれると思います。
文・島田徹 写真・筒井剛史
(後編へ続く)
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