SHIMADANOMEシマダノメ
シマダノメ Season6
第5回 深掘りインタビュー
田中悠也 選手
『シマダノメ 深堀りインタビュー』のSeason6第5回目に登場するのは、在籍6年目でチーム最古参となる田中悠也選手です。第23節時点でリーグ最少失点「16」、クリーンシートもリーグ5位の9回と堅守が今季チームの武器の一つになっていますが、それを最後尾で支えるのが田中選手。堅守実現の要因、そこにある田中選手自身の技術とメンタルについて深掘りしてきました(取材日/8月9日)。
―今季序盤で田中選手から「これがキャリア最後の試合になるかもしれないという気持ちで試合に臨んでいる」という言葉を聞きました。そう思うようになったきっかけは何でしょうか。
プロ2年目に右のすねを疲労骨折、去年は左のすねを同じく疲労骨折しました。そこで診察を受けた時にここ10年くらいギラヴァンツ北九州にかかわっていただいている畠山昌久先生から聞いた言葉が心に刺さったんです。
―どういう言葉ですか?
畠山先生はこれまでの経験からこういう話をしてくれました。「監督の求める役割を果たせず出場機会をつかめずそのまま引退する選手、大けがをして1年どころか2年、3年棒に振る選手もいる。つまり何が起こるか分からない世界にいるんだということを自覚したほうがいい。あるいは試合に出ることが日常となっているあまり、プロになった時の初心が薄れていく選手も見てきた。だから、この試合が自分のキャリア最後のゲームになるかもしれないという気持ちを常に持つことはとても大切なんじゃないか」と。その話を聞き自分流に咀嚼し、常に意識するようになりました。ちょうど、出番がもらえるようになった去年の7月くらいからですね。
―プロアスリートとしての心構えですね。
2019年、J2への昇格を決めたシーズン。テラくん(寺岡真弘)はシーズンが終わって両足を手術してそのまま元のパフォーマンスができないところで引退を決意しました。自分は復帰できると思っていたけれども、後になって「あれが最後の試合だったんだな」と思ったはずです。そういうことを間近で見ていたこともあり、後悔しないために目の前の試合、そこにある一瞬一瞬に全力を傾けよう、そう考えるようになりました。
―そういう考えを持つようになって自身のプレーに変化が生まれましたか?
そう思うようになると90分の中できつい時でも集中力を保てるし、「ここはディフェンダーのサポートのポジションを少しサボっても大丈夫そうだ」という考えが頭によぎっても、「いや、ここでちゃんとしたサポートをすることでディフェンダーが助かる、チームのためにもなる」と考えて、一歩を踏み出せるようになったと思います。試合の中でピンチは必ずあるものですが、これが最後の試合だと思うと「絶対にやられたくない」と思うし、それで集中力も高まっているように感じます。それがいまは良いサイクルで回っているんだと思います。
―増本浩平監督も先日「ユウヤはすごく集中できている」と話し、だから決定的なピンチでのビッグセーブが多いのだろうと話していました。そこはいまの話につながってきますね。
去年は毎試合、これがキャリア最後の試合だと思ってプレーしましたが、今年はその考えにプラスして、シーズンで考えるのではなく1試合は1試合として考えるようにしています。今年から個人的にメンタルコーチをつけていますが、そのコーチとのやり取りの中で出てきた考えです。よくあるのが、連敗した時には「過去のことは忘れて次のゲームに集中しよう」という言葉。
―多くの選手や監督から聞く言葉ですね。
もちろん、そういう考えもした上で、連勝中、あるいは負けなしが続いている好調な時にも同じような考えでいるようにしています。相手は違う、自分たちのコンディションもプレーするスタジアムも違うという、状況や環境が異なる中で試合をやるので「前の事」は自分の中で振り払うべきもの。同様に次勝てば順位がいくつ上がるとか、あと何勝すれば昇格圏内に入れるとか、先のことも全部振り払ってこの90分で何をするか、できるか。最近は90分の中の1分で、あるいは一瞬で何ができるか、何をすべきかに集中するようにしています。例えば開始10分で失点したら10分までの過去は振り払って11分からの次の1分、そのまた次の1分に集中することが大事だと考えています。
―メンタルトレーナーとはどういう接触の仕方を?
去年、チームとしてのメンタルケアの一環としてサポートしていただいたWingarc1stさん(ギラヴァンツ北九州のトップパートナーの一つ)のメンタルトレーナーの方のうちお一人と今季は個人的に契約して、オンラインで隔週、1回、20から30分くらい話をし、またアドバイスをいただいています。僕の方からいろいろ聞くこともありますし、僕の試合を見た上でトレーナーの方から指摘や、アドバイスをしてもらいます。キーパーという特殊なポジションにおいてメンタルケアはとても大事だと僕は思います。
―3週間の中断期間にはトレーニング施設に出向いて個人的なトレーニングも積んでいましたよね?
東京の施設ですね。4日間のオフのうち2日間はそこに行きました。
―2日間で効果はあるのですか?
全然違います。本当は月に一度は行きたいところですが、北九州からは遠いし、お金もそれなりにかかりますから。シーズン終了後、シーズン前、シーズン中でまとまった休みがある時に行きます。
―2日間で何が変わるのでしょうか?
基本的にそこで学ぶのは身体の使い方です。『クアトロコア』という考え方、メソッドに基づいた指導をするトレーニング施設です。『クアトロコア』というのは腹部周辺の体幹を4つに分けて、そこの部位へのトレーニングをすることで身体バランスの調整能力を上げていくトレーニング。筋力を上げるとかではなく、身体をうまく使う感覚、そのための知識を教えてもらっています。また、具体的なメニューを動画でもらって、チームの練習前に取り組んでいますし、試合とか練習で気になった動作をこちらから動画で送ると、それに対するアドバイスをもらう。そんな感じです。
―そのトレーニングの成果は?
去年からやっていて、なかなか出場機会を得られない中で続けることに意味があるのかと疑問に思うこともありましたが、今年になって安定したパフォーマンスができているのもその成果だと感じています。続けてやってきて良かったなと思っています。実際にJリーグのゴールキーパーも数多く利用しているし、海外でプレーするシュミット・ダニエル選手(ベルギーのKAAヘント所属)や高丘陽平選手(アメリカのバンクーバー・ホワイトキャップス所属)も、ですね。
―決定的なピンチでの好セーブの要因に、先ほどから話に出ている集中力が関係しているとして、技術的な部分での要因もあるものでしょうか?
今年からキーパーコーチとなったシュウトさん(吉川脩人GKコーチ)が、リアリティーのあるシチュエーション・トレーニングを多く組んでくれています。それによって準備のスピードが上がり、予測の幅も広がっていると実感しています。
―吉川GKコーチの練習メニューは日替わりと言うか、同じものをあまり見ません。
同じメニューをすることはほぼありません。
―それはトレーニングをする側としてはやりづらくないのでしょうか?
結局、試合でもまったく同じシチュエーションになることはまずありません。ゴールを守るという目的は同じですが、同じシチュエーションで守ることはほとんどない。そういう中でうまく頭を働かせることができるか、反応できるかが重要になるので、常に変わるメニューに取り組んでいくことはとても大事だし、有意義なことだと僕は感じています。実際に6年間やってきた中で、今年は個人的には一番の成長を感じることができています。
―吉川GKコーチの指導も今季の田中選手の好調を支えているんですね。
そうですね。僕は市立船橋高校の出身ですが、当時、試合でも対戦していた柏レイソルのユースチームのGKコーチを務めていたのがシュウトさんでした。柏のキーパーは優秀な選手が多かったので、どういう練習をしているんだろうと興味を持っていて、そのシュウトさんからいま指導を受けているのに何か縁も感じていますし、得しているな、とも思っています。
―今季の田中選手のプレーを見ていて、相手のシュートを正面でセーブする場面が多いようにも感じます。その回数の多さからするとたまたまではないでしょうしシューターのミスでもないように思えるんですよね。
見る側からすれば、派手なセービングは目を引くし、かっこいいと思われるのでしょうけど、僕の中ではシュートを1本も打たせないキーパーがカッコいい、素晴らしい、それが良いキーパーだと思っています。もちろんシュートを打たれることはありますが、打たれても失点の可能性が低い正面でキャッチするのがいい。そういうことを考えながらプレーしています。
―もちろん、シュートが正面に飛ぶような導き方もしているのでしょう?
そうですね、僕の声で味方ディフェンダーのポジションを誘導する。難しいシュートコースを空けないような寄せ方を、練習の段階からコミュニケーションをとって実践できるようにはしています。あとは、自分自身が良いポジションを取ることも大事。僕のポジションを見て「蹴るところがないじゃん」と思わせることができれば、シューターに焦りや緊張が生まれてシュートコースが甘くなる、そういうこともあるかもしれません。タクミ(若谷拓海選手)には「まるで磁石やな」と言われます(笑)。
―今年は田中選手の攻撃、得点への効果的な関与も増えたように思います。第15節・ガイナーレ鳥取戦は田中選手のロングフィードを高昇辰選手が頭で落として、永井龍選手―岡野凜平選手とつないで最後は永井選手が流し込んだゴール。また、第17節・奈良クラブ戦ではセーブからの素早いロングスローで牛之濱拓選手を走らせて永井選手のゴールにつなげました。
去年までとは違って攻撃にうまくかかわることができているという手ごたえはあります。直接得点に関わるところだけではなく、攻撃の起点となるビルドアップのところは去年よりもさらに意識するようになりました。それはシュウトさんが「こういう時はこうした方が良い」と言語化して伝えてくれるので、実際のプレーでトライしやすい。シュウトさんの言葉をしっかり頭の中で理解しているから再現性につながるんだと思います。
―キーパーの一番の仕事であるゴールを守るというところでしっかり結果を残しているから、攻撃に関わる余裕もできた。つまり、田中選手がワンランク成長したと考えることもできますね。
どうなんですかね。でも、今季、ここまで20試合に出場していますが、試合に出続けることはとても大事だなと感じています。2020年J2リーグで17試合に出場しましたが、それは連続ではありませんでした。連続で出る中でのPDCAサイクル(Plan=計画、Do=実行、Check=評価、Action=改善)がしっかりできていること、その積み重ねができていることもプラスになっていると思います。
―第23節時点での失点は「16」。これは首位を走る大宮を含む他3チームと並んでリーグ最少タイとなる数字です。この堅守を実現できている要因は何だと思いますか?
シュートを僕が止める前に、シュートそのものを打たせない、あるいはシュートを打たれても足や身体に当ててブロックしてくれるし、良い体勢でシュートを打たせないということも含めて、細かいところでの対応が積み重なっているからこその最少失点だと考えています。
―前線から始まる守備で相手の攻撃パワーを徐々に低下させて、ゴール前での粘り強さや高い集中力によってチームみんなで守っている。そういう印象がありますね。クリーンシートは第23節時点で9試合。無失点へのこだわりは。
当然、毎試合無失点で終えたいという気持ちがあります。全試合で無失点を実現するのは現実的ではないと思いますが、でもそこを目指さないと無失点の実現の回数は伸ばせない。僕は3-2で勝った試合よりも1-0とか0-0の試合の方が自分の中での満足感は高い。2-1で勝ったときはうれしい、でも大きな満足感はありません。
―いまは奥様と2人暮らしですね。田中選手の好パフォーマンスは奥様のサポートがあってのものでもあるのでしょうね。
今年の1月で結婚してまる2年。3年目となる今年も食事面も含めて良いサポートをしてもらっています。近くにいるといないのでは違います。妻は高校の同級生ですが、サッカーのことは詳しくありません。高校時代も全国大会出場がかかった試合では多くの生徒が応援にかけつけてくれましたが、そこには来ないくらいサッカーには興味がない人でした。でも、いまはそれが逆に良いというか。サッカーのことを話さないから、家ではしっかりリラックスできています。試合で負けても、良い意味でうまく切り替えられる言葉をかけてくれますしね。それと僕が見えないところで、細かい気遣いもしてくれていると思うので、本当にありがたいです。
―ルーティーンはありますか?
試合に出る時はユニホームの左肩に香水をつけています。ピンチの時、あるいは自分やチームがうまく行っていない時に、そこに鼻を近づけて匂いをかいで気持ちをリセットしています。
―その香水は、まさか奥様が普段つけているものではないですよね?
違います(笑)。でも3年前くらいに妻が一緒に選んでくれたものではあります。
―第24節のカターレ富山戦はギラフェスの開催日でもあります。
僕が試合に出たギラフェスで勝った記憶がないんですよね、負けか、引き分けで。今回は満員近くまでになると聞いているので、とても頼もしいホームアドバンテージの中で試合ができるので楽しみですし、絶対に勝ちたいですね。
―1万人近くが入ると緊張しませんか?
緊張はしません。でも、緊張感って悪いことばかりじゃない。北九州出身の今永昇太投手(MLBシカゴ・カブス所属)がWBCの決勝で先発をする時に周東佑京選手(福岡ソフトバンクホークス所属)から「緊張してるね」とイジられました。その時に今永さんが「適度な緊張は筋肉のパワー発揮には効果的なんだよね」とボソッと言っていました。それを聞いた時に、腑に落ちたというか。緊張って必要だなと思うようになって、緊張に対するネガティブな考え方がなくなった。「オレ緊張してる、どうしよう」と不安に思うことがなくなりました。
―左肩につける香水は福岡ソフトバンクホークスの山川穂高選手の影響で始めて、今度は今永選手の影響。影響を受けるのはサッカー選手ではなくて、野球選手ばかりですね(笑)。
サッカー選手を追ったドキュメント映像や情報が野球に比べて少ないからですよ(笑)。そもそも僕は野球、福岡ソフトバンクホークスが大好きですしね。
―好きなゴールキーパーはいますか?
いませんね。僕が一番だと思っているので!(笑) 自分は自分、ですから。自分に向き合うことの方が大事だと思っています。さきほど話に出たクアトロコアを実践しているキーパーの試合での身体の使い方を見て学ぶということはありますけど。
―キーパーは手を使うポジションですが、手のケアに気を使っていますか?
僕は肌が弱い方なので、汗で汚れたグローブだと肌が荒れるので、使用するたびに家に持ち帰って自分で手洗いしています。お風呂に入った時に普通の固形石鹸でゴシゴシと。中学の時から毎日続けていますね。
―今年でギラヴァンツ北九州加入6年目。チーム、クラブの変化を何か感じますか?
去年との比較で言うと、去年は少しチームが若すぎた、という感はあります。今年はタニさん(大谷幸輝選手)やコウヘイさん(喜山康平選手)ら30代後半でJ1、J2でのプレー経験が豊富な選手、それからリョウくん(永井龍選手)やアサヒくん(矢田旭選手)、タクさん(牛之濱選手)ら実績のある選手がピッチ上では厳しさを、オフザピッチでは後輩とも積極的にコミュニケーションを取ってくれるので、ものすごく一体感のあるチームになっていると感じます。
―サポーターの方々についてはどうでしょうか?
サポーターの方々の成長度と言うと、少し上から目線で嫌な感じに聞こえるかもしれませんが、2019年に僕がギラヴァンツ北九州にやって来た時と比べると、段違いにゴール裏を含めたスタジアム全体から感じる熱量が高まっています。ゴール裏のサポーターの数自体も増えているし、声の大きさも違う。今年はホームゲームで勝っていることも影響しているとは思いますが、6年間ここにいさせてもらう中で、紆余曲折の中でクラブは少しずつ大きくなっているし、またサポートしていただいている周囲の方々の関わり方も厚くなっているように感じます。これからも厚いサポートをよろしくお願いいたします。
文・島田徹 写真・筒井剛史
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